ARTICLE

2020.09.03

奥渋谷のブックショップSPBSが届けたい、日常のワクワク感

福井盛太(「SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS」代表社員)

渋谷の喧騒を抜けた「奥渋谷」と呼ばれるエリアには、洗練された雰囲気のセレクトショップやカフェ、レストランなどが立ち並んでいる。ここ「SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS」(以下「SPBS」)もその一つ。ガラス張りの開放的な店内には、スタッフが1冊1冊丁寧に選んだ書籍が所狭しと並び、「本のそばにある暮らし」をコンセプトにセレクトされた雑貨や古着なども置いている。特徴的なのは、お店の奥にはオフィスがあり、ガラス越しに見える作りになっていること。奥渋谷を訪れる人たちとの「つながり」を大切にしながら、日常の「ワクワク感」を届けてきたSPBS。代表の福井盛太さんに、そのユニークな経営スタイルについてたっぷりと聞いた。

取材・テキスト:黒田隆憲 / 写真:天田輔

 


YOU MAKE SHIBUYA連載企画「渋谷のこれまでとこれから」
新型コロナウイルスの影響で激動する2020年の視点から、「渋谷のこれまでとこれから」を考え、ドキュメントする連載企画。YOU MAKE SHIBUYA クラウドファンディングとCINRA.NETが、様々な立場や視点をお持ちの方々に取材を行い、改めて渋谷の魅力や価値を語っていただくと共に、コロナ以降の渋谷について考え、その想いを発信していきます。


 

──まずは「SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS」(以下「SPBS」)とはどのような会社なのかを教えてもらえますか?

福井:本を作ったり、売ったり、WEBコンテンツを制作したり、企業の広告物を制作したり、ショップのプロデュースをしたり。もちろん、本屋や雑貨店の運営もする。世の中のありとあらゆるものを「編集」し、世の中のありとあらゆることの課題解決をし、世の中を面白くしていく……。そういう会社です。

―「本屋」という実店舗を持ちつつ、そういった様々な事業を展開しているところがユニークですよね。

福井:今、僕がインタビューを受けている、店舗からガラスの壁で隔てられたオフィス部分は、「本社」と呼ばれているけど、会社設立当初は、SPBSの編集部(SHIBUYA PUBLISHINGのオフィス)、と呼ばれていました。で、前方半分のスペースが、店舗(SHIBUYA BOOKSELLERS)だったんです。「ここで本をつくって、ここで売る」ために、店舗と編集部オフィスが同居したひとつの「会社」だったのですが、「CHOUCHOU」(渋谷ヒカリエ ShinQs1F)や「+SPBS」(渋谷スクランブルスクエア2F)などファッション雑貨店ができたり、「SPBS TORANOMON」(虎ノ門ヒルズビジネスタワー2F)、「SPBS TOYOSU」(豊洲ベイサイドクロスタワー4F)など、SPBSの直営店ができたりする中で、渋谷区神山町にあるSPBSのオフィススペース=本社と考えるようになりました。

僕たちは自分たちのことを「本屋」だと認識したことはありません。「本屋」は、会社の中のいくつかある事業のひとつであって、決して主力事業ではない。SPBSは、「編集会社」なんです。店舗、各種メディア、イベントなど、この会社からアウトプットされる全てのものは、私たちが編集した「製品」です。つまり、本屋も雑貨店も、僕たちが編集した製品=成果物ということ。その成果を世の中にアピールするショールームということにもなりますよね。

―つまり、根本にある考え方は「編集」であると。

福井:もともと僕は、編集者としてビジネスパーソンのキャリアをスタートさせています。で、編集という仕事に関わり始めた頃から、編集者の職能は、世の中のさまざまなビジネスシーンに広く応用可能なものなのではないか? と思っていたんです。編集者の職能を活かせば、その仕事は紙の上の「作業」に留まらず、もっとたくさんの面白いコトやモノや場所を「創造」することができる。何となく、そんな風に考えていました。

結局、今から12年前に、その考えを自分でかたちにすることになったんですね。それが、製版一体型の本屋=SPBSなんです。今後は、もっともっと、「編集者」の職能や技能が求められる世の中になると思います。情報収集力、情報分析力、何かと何かを結びつけて新しい価値を育むコネクト力にコミュニティを作る力。さらには世の中の空気を読み、少し先の未来を予測するための洞察力。僕はこれからの社会のキーマン / キーウーマンは、これらの職能を備えた編集者だと思っているんです。

―それはなぜですか?

福井:例えば『POPEYE』の編集長だった木下孝浩さんが、今はUNIQLOの執行役員 / クリエイティブディレクターになっている。これって象徴的な出来事だと思うんですよね。社内の情報を広く集め、それらを独自の視点で結びつけ、編み上げ、面白いモノに仕立て上げ、お客様たちに届ける。それを「企業」の中でやってくれたらワンランク上の広報ができるのではないか。現代は誰でも伝えられる時代だからこそ、「伝える」ということが重要になってきています。おそらく柳井(正 / UNIQLO会長兼社長)さんは、そう考えたと思うんですよね。

―編集者に求められるのは、どのようなことだと福井さんは考えますか?

福井:先にお伝えしたように「情報収集力」「情報分析力」「洞察力」「モノとモノとを結びつけるコネクト力」に加え、「気付く力」「観察力」などが必要とされると思います。あと、「プロデューサーマインド」も大事になりますね。出版物であれ、店舗であれ、イベントであれ、企画を考えて、それを社会に届けるまでの方法論も考えるのが編集者の仕事。その意味では、誰よりも熱中するけど、誰よりも冷めているスタンスも重要。「冷めている」というと語弊があるかもしれませんが、自分がどこまでも熱を入れて作ったものを、ちゃんと俯瞰して見られるかどうか。「この売り場に並べた時に、どう見えるか? 競合製品と比べて何が勝っていて何が劣っているのか」といったことを、冷静に見極められるメタ認知力も必要とされます。

それは、「経営者」も同じことだと思うんですよ。経営も、熱くなって「突撃」ばかりを繰り返していてもダメだし、冷静沈着に数字を眺めているだけでも務まらない。編集者と経営者は、根本が似ているなと思います。もちろん、そもそもの「企画」が面白くないと、人は集まってきてくれないし、売る方も力が入らないですよね。だから「企画力」も相当大事になります。まとめると、「情報収集力」「情報分析力」「洞察力」「モノとモノとを結びつけるコネクト力」「気付く力」「観察力」「プロデューサーマインド」「メタ認知力」「企画力」……。いやぁ、大変ですね(笑)。

―そもそも、お店を奥渋谷に構えようと思った経緯は?

福井:30年くらい前に、この辺りに住んでいたことがあるんです。この辺りは渋谷には歩いて行けるし、小田急線に乗れば、新宿にも5分で行ける。千代田線に乗って乃木坂で降りれば、六本木もすぐそこ。渋谷、新宿、六本木という繁華街へのアクセスが15分圏内にあるのに、なんか寂れているというか(笑)、独特の寂しさがあるエリアだったんですよね。それがすごく印象に残っていました。

逆の見方をすれば、今後、活性化していく可能性のある場所なんじゃないかなと思ったんですね。中目黒や代官山、自由が丘など、すでに完成された街に出店するよりは、伸び代のある街に出店した方が面白いのではないかな、と思いました。中目黒や代官山で地域一番店になるのは難しいけど、このエリアなら、地域一番店になれるかな、という気持ちもあったんです。

―今はハイセンスなショップがたくさん立ち並んでいますよね。

福井:当時からは、かなり雰囲気変わりましたね。

―どのようなお客様が多いですか?

福井:2008年のオープン当初は、いわゆる「業界人」の方たちにも来てもらえるような店づくりをしていました。全体的にコンセプトで引っ張っていくセレクトをしていて、「アートブック」や「建築に関する本」、あるいは洋書など、どちらかというと現在よりもエッジの効いたものが、キーブックスを構成していました。その後、地元の人にもっと来ていただきたいという思いから、自分たちが売りたい本だけではなくて、お客さまの求める本を押し出していくようになりました。コンセプトで売る店からマーケットイン型のセレクトで売る店へと、少しずつ、中身を変えていったわけです。お客さま商売に奇手奇策はない。ご来店いただくお客さまに感動を届け続けられたならば、いつしかそのお客さまが新しいお客さまを呼び込んでくれる、と信じていました。少しするとTwitterなどSNSが広がり始め、本当にお客さまがお客さまを呼ぶ時代=店の応援団になって宣伝してくれる時代になりました。そこから一気に来店客数も増えたように思います。いずれにせよ、知的好奇心の旺盛なお客さまが、老若男女問わず訪れてくださっています。特に東日本大震災以降はジェンダーレスな考えが進み、女性のお客さまがより増えた印象があります。

―周囲のお店やお客さまとのエピソードで、何か印象に残っていることはありますか?

福井:2016年の秋に、「お金を使うという文化、もっというと消費の意味そのものを変えていくようなアクションを起こそう」と、このエリアの数店舗で話し合ったことがありました。今でこそ「応援消費」という言葉が広く知られるようになりましたが、当時はまだそういった言葉が日本にはなかった。でも、その年の9月に僕がニューヨークへ行ったときには、至るところで「応援消費」が根付いていたんです。「俺は、この本屋を応援したいからここで買うんだ」「私はこのお店を応援したいから、必ずここでパンを買っている」みたいな感じで。アートを買う場合にしても、それは、作品を所有したいから「買う」わけではなくて、アーティストの活動を「応援する」という意思表示なんですね。そういうお金の使い方って素敵なことだなと思ったんです。もちろんお金に貴賤はありません。5000円は5000円、1万円は1万円です。でも、何を目的に使うのか、誰に対して払うのか、という意識を持つだけで、「お金」そのものが生きてくるような気がしたんです。

このエリアでも、そんなお金の使い方を促すことが出来ないかと考えました。「このお店を応援したいから」「この街を応援したいから」という動機で奥渋を訪れ、お金を使っていただけるような文化を根づかせられたら……という思いがあったんです。それで、この近所にあるビストロ「PATH」さん、クラフトチョコのお店「Minimal」さん、カフェ「FUGLEN TOKYO」さん、映画館「アップリンク渋谷」さんに「応援消費という考えを広めるためのキャンペーンをやりましょう」と声をかけて。そうしたら、まったく同じタイミングで「プレ金(プレミアムフライデー)」を定着させるためのキャンペーンを仕掛けたいのだけど相談に乗ってもらえないか? と、ある広告代理店の方から連絡が入ったんですよ。それで、「僕らが今、考えているコンセプトを前面に出していいのなら、そちらのPRもサポートさせていただきます」と交渉し、キャンペーンの予算を一部いただいて、同時多発的にイベントを行ったことがあるんです。

―街ぐるみでの施策も積極的に行なっているのですね。

福井:どのお店も、僕が話を持ちかけたら2秒くらいで「福井さん、いいねそれ。やりましょう」って言ってくれて(笑)。そういうフットワークの軽さが奥渋っぽいところなのかな、と思いますね。

―今年に入り、新型コロナウイルスの影響で多くの困難を経験されていると思います。ここまでどういった状況だったのでしょうか。

福井:この数ヶ月は、「お客さまに助けていただいた」という思いがあります。お店を開ければ、この状況下でも周辺で働く、暮らすお客さまに来ていただけますし。もちろん、客数は減ってはいますが「商売上がったりだ」という状態にはならなかったんですよね。

―奥渋のエリア一帯はどういう状況でしたか?

福井:このあたりは個人店が多いからでしょうか、店を完全に閉じるところは意外と少なくて。街中の商業施設は国や自治体の要請で店を閉めることが多いけど、個人店は少しでも開けて稼がないと潰れちゃうから……。実は日常と変わらないというか、通りには人も結構歩いていましたしね。「ゴーストタウン化している」みたいな感覚は全然なかった。その辺は、渋谷駅周辺とは事情が違うと思います。

それに、代々木上原にある有名なレストランが、食のレシピをYouTubeにアップし始めたりとか、各お店、営業を完全にストップさせてしまうのではなく、なんとか工夫をしながら営業を続けていました。厳しい中でもチャレンジをする。そういう姿勢は、このエリアっぽい気がしました。

―クラウドファンディングなどの取り組みも行ったそうですね。

福井:うちもこういう状況になって、いろいろとシミュレートしたんですね。店を閉じた場合に、どのくらいの損失があって、これから雇用を維持していくために、どのくらいのキャッシュが必要になるのか、と。同時に、このような中でも新たなチャレンジはできるのか、そのお金は得られるのか、と。色々と考えた結果、今までにやったことのない取り組みだったクラウドファンディングを使わせていただこうと思いました。

「自分たち目線」の話になってしまいますが、お金というのは「信頼」がなければ集められないじゃないですか。だから、自分たちがこの状況下でクラウドファンディングを利用させていただくことは、一種の賭けでした。でも、逆に言えば、こういう時期だからこそ、信頼してもらえる店であるかどうか、どんな人たちに支えていただいているのかを「実感」することは大切なのではないかと。

―実際にやってみての反響はいかがでしたか?

福井:ここまで支援していただけるとは思っていませんでした。具体的に、「こういう人たちに支えていただいているのだ」ということが可視化され、その一人ひとりに温かいメッセージをいただくことには、本当に勇気づけられたし、感動した。「頑張らなきゃ」と思いましたし、その力たるや想像以上でしたね。

―今後、世の中はどう変わっていくと思いますか?

福井:コロナによって、全ての経済活動がオンラインの世界に行ってしまうとか、そういうことではない気がしています。今までは、人も金もモノも情報も全てが移動する時代で、特にインターネットが普及してからは、移動するスピードが、どんどん加速していったわけですよね。ところがコロナになり、金もモノも情報も動いているのに、人間だけが動かないという状況を初めて体験しているんです。きっとこういう状況下から新しいサービスが生まれるでしょうし、ライフスタイルも変わるでしょう。でも、この状況が明けたなら、人はきっと、また、移動はしたくなると思うんです。この先、移動をやめてしまうなんてことはないだろうし、今回のことを経て「リアルな体験」や「リアルな場所」の価値が、より上がっていくだろうし、そういうものを大事にする世の中になっていくと思いますね。

さっきも言ったように、都心はゴーストタウン化していく一方、地元の商店街は人が溢れている。要するに「地元で生活する」ということが、もっと普通になっていく気がします。都心に出かけていって「非日常」を味わうことよりも、近場で楽しむというか。

―そんな中、「SPBS」はどんなお店を目指していきたいですか?

福井:お店としては、緊急時だろうが平時だろうが、常にお客さまに「日常」を届けられる店であり続けたいという気持ちが、僕の中にはありますね。もちろん、そのためには従業員の感染リスクを低減させる努力は必要です。

「SPBS」は、あの3.11の時でさえもお店をずっと閉めなかったんです。当時はいろいろ言われましたけど(笑)、今でも「開けていて良かった」と思っていて。お店を開けることで「ここに『日常』があります」ということを示したかった。だから、ここは常に日常を届け続ける場所でありたい。ちょっとしたワクワク感が詰まった、「自分だけの日常」を是非見つけにいらしてください。

 

■INFORMATION

SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS(SPBS本店)
〒150-0047 東京都渋谷区神山町17-3 テラス神山1F
03-5465-0588
営業時間
月~土 11:00‐23:00 / 日 11:00‐22:00
(イベント等により変更あり)不定休
*現在は毎日11:00 – 21:00の短縮営業中(終了日未定)。

COMMENT

YOU MAKE SHIIBUYA クラウドファンディング
実行委員会

  • 渋谷区
  • 渋谷区商店連合会
  • 一般財団法人渋谷区観光協会
  • 一般財団法人渋谷未来デザイン

パートナー

  • CAMPFIRE

特別協力

  • 渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト

CONTACT

※お名前、電話番号をお書き添えのうえ、内容をできる限り具体的にご記入願います。