ARTICLE
2020.09.04
設立約40年の渋谷区立松濤美術館がコロナ禍で考える美術館の姿勢
西美弥子(渋谷区立松濤美術館学芸員 広報担当)
渋谷駅から少し歩いた閑静な住宅街。松濤エリアに位置する、およそ40年の歴史を持つ松濤美術館。
多岐にわたるジャンル、幅広い時代、作家の展覧会を開催しながら、展覧会に付随した様々なイベント、渋谷にゆかりのあるアーティストを取り上げるサロン展など、松濤という土地やそのユニークな建築を生かしながら様々な場作りを行ってきた。
新型コロナウイルス感染症拡大に伴い、一時は臨時休館を余儀なくされるなど、多大な影響を受けた松濤美術館の実情はどうなっているのか? そしてこの出来事によってアートの楽しみ方、渋谷・松濤はどのようになっていくのだろう。松濤美術館の学芸員であり広報担当の西美弥子さんに聞いた。
取材・テキスト・写真:天田輔
(メイン写真:「真珠-海からの贈りもの」展 2階展示室)
YOU MAKE SHIBUYA連載企画「渋谷のこれまでとこれから」
新型コロナウイルスの影響で激動する2020年の視点から、「渋谷のこれまでとこれから」を考え、ドキュメントする連載企画。YOU MAKE SHIBUYA クラウドファンディングとCINRA.NETが、様々な立場や視点をお持ちの方々に取材を行い、改めて渋谷の魅力や価値を語っていただくと共に、コロナ以降の渋谷について考え、その想いを発信していきます。
—松濤美術館はどんな美術館なのでしょう?
西:松濤美術館は、1981年に開館した、渋谷区立の美術館です。美術を通じて、来館者に新しい価値観や知識に触れる場を提供し、芸術活動を活性化させることを目指して、様々な展覧会を開催してきました。各展覧会ごとに講演会やギャラリートーク、ワークショップ、ミュージアムコンサートなどを行い、展覧会鑑賞以外にもお客様に楽しみながらより豊かな経験をしていただくことのできるイベントを企画しています。
—松濤美術館は建物もとても印象的ですよね。
西:美術館の設計は建築家の白井晟一によるものです。80年頃の日本はモダニズム建築が主流でしたが、近代日本を代表する建築家のひとりである白井はそういった潮流には目もくれず、しばしば哲学的と称される独自の建築を追求していました。渋谷区立松濤美術館は、そんな彼の晩年の代表作のひとつです。今はコロナウイルス感染症拡大防止のため中止になってしまっていますが、通常は毎週金曜日に館員が当館をご案内する建築ツアーも開催しています。展覧会だけでなく当館の建築や空間そのものを楽しんでいただきたいと考えています。
—空間ごと楽しめるそんな美術館で、これまでにどういった展覧会を行なってきたのでしょうか?
西:「特別展」を年5回程度開催しているのですが、内容は絵画、彫刻、工芸など、ジャンルや時代は様々です。多岐にわたるテーマの展覧会を開催している点は、当館の特徴のひとつです。ほかにも、渋谷区在住・在学・在勤の方を対象とする公募展や、渋谷にゆかりのある作家などを取り上げるサロン展を開催しています。
—まさに渋谷にフォーカスした取り組みも行っていらっしゃるんですね。
西:はい。そういった意味では、当館の近くにはBunkamura ザ・ミュージアムや戸栗美術館、ギャラリーTOMなど美術館やギャラリー、複数の映画館、劇場などもあります。松濤エリアは閑静な雰囲気の住宅街ですが、渋谷における文化芸術の発信基地のひとつとしての側面も持っていると思います。そういった場所において、渋谷区立の美術館として優れた芸術文化に接することができる場を提供していければと思っています。
—渋谷という巨大な駅にも隣接した地域ですが、どんな来館者が多いですか?
西:展覧会によってお客様の層は様々ですね。特定の分野や作家、国、時代ではなく、幅広いテーマの展覧会を開催しているからこそ、様々な興味をお持ちのお客様にご来館いただけているのではないかと思います。ちなみに、毎週金曜日は渋谷区民の方のご来館が多いんですよ。
—金曜日に渋谷区民に対してなにか行っているのですか?
西:はい。渋谷区民の方々は、毎週金曜日は入館料無料、平日は2割引きのサービスを行っているんです。区民の方が毎週無料となる美術館は珍しいと思いますので、より多くの渋谷区民の方々に知っていただき、ぜひ足を運んでいただきたいです。
—まだ知らない人が多そうなサービスですね。新型コロナウイルス感染拡大の影響で一時期は臨時休館を余儀なくされていましたが、どういう状況だったのでしょう?
西:まず、4月4日から5月17日に開催予定だった『いっぴん、ベッピン、絶品!~歌麿、北斎、浮世絵師たちの絵画』展が開催中止となってしまいました。これは、江戸時代の庶民文化が育んだサブカルチャーでもある浮世絵の中でも、いわゆる版画ではなく、一点ものの絵画である肉筆浮世絵に焦点をあてた展覧会でした。担当学芸員も入念に準備をして、監修者を含め多くの方々にご協力いただいたうえ、作品の展示もして準備万端整っていたのですが……残念ながら、一日もお客様にご覧いただくことは叶いませんでした。
西:しかしながら、新聞、テレビ、ウェブサイトなどで本展についてご紹介いただいたり、展示会場の様子を撮影した動画を公開したりすることで、少しでも本展や出品作品についてご覧いただくことができるよう知恵をしぼりました。
—休館中、ほかにはどんなことを行っていましたか?
西:臨時休館中も当初5月30日に開催予定だった『真珠-海からの贈りもの』展の準備を続けていました。情勢がどのように変化していくのかわからないなか、それでも開催に向けて準備をする日々で。結果として、緊急事態宣言が解除されて、6月2日から開館することができたのはとても幸いでした。それに加えて、ご所蔵者や関係者の皆様にご理解、ご協力いただいて、もともと7月26日までだった会期を9月22日まで延長させていただくことになりました。
—もうちょっと状況を見てから美術館に行きたい、と言う人もゆとりを持って遊びに行けそうです。
西:そうですね。緊急事態宣言解除後すぐには美術館にいらっしゃることができないお客様にも、ご覧いただく機会が増えればと思っています。臨時休館を経て、現在は密集を避けるために、混雑時は館内のお客様の人数を50人までと制限させていただいたり、マスクの着用をお願いしたりするなど、お客様に10項目のお願いをさせていただいています。
—そういったお願いのほか通常とは違う部分や、来館時に気をつけることなどありますか?
西:現在は、白井晟一が選び開館当時から使用している、2階展示室の革張りのソファにお座りいただくことができなくなっています。また、建築の大きな見どころのひとつである、地下2階から地上2階の吹き抜けにかかるブリッジに出ていただくこともできず、お客様にはご不便をおかけしていますが、そのような状況下でもお客様がご理解くださっていてとても感謝しています。
—今回の出来事で、渋谷の文化にはどのような変化があると思われますか?
西:今後の渋谷がどのように変化していくのか、いまだ見通しが立たない状況だと思います。このような情勢下にあっても文化芸術が衰退することがないよう、美術館としてできることを地道に提示しながら模索していきたいと思っています。
—アートの楽しみ方にも変化はあると思いますか?
西:これまで以上に写真や映像によって作品や展覧会を楽しむ機会が増えたと感じます。実際に当館を含め、臨時休館中は写真や映像によって発信をしていた美術館がたくさんありました。日常生活における行動が大きく制限される昨今の環境下においても、あらゆる媒体を通じて、自宅にいながらにして美術を楽しむことができるようになり、自分の興味や関心に即して芸術に触れることができるのは、人々にとって救いでもあると思います。
でも、芸術を楽しむ方法が多様化すると同時に、写真や映像ではどうしても映しきれない、作品そのものが持つ魅力とそれを実際に目でみることの大切さについても改めて実感しました。そういった他では代用することのできない体験を、冷静に状況を判断しつつ提供するのも美術館の大切な役割のひとつだと考えています。
—では、最後に渋谷、松濤の魅力を教えてください。
西:渋谷は都心にあり、ここに住んでいらっしゃる人以外にも、様々な地域から人が集まってくる地です。だからこそ、多様な文化や価値観を許容し発信することができます。こうした渋谷の特性を今後もより深めて、さらに発展していってほしいと思っています。
■INFORMATION
渋谷区立松濤美術館
東京都渋谷区松濤2-14-14
TEL:03-3465-9421
開館時間:
特別展期間中 / 10:00~18:00(金曜のみ20:00まで)
※2020年8月から当面のあいだ、金曜日の夜間開館を中止。
公募展・小中学生絵画展・サロン展期間中 / 9:00〜17:00
※最終入館はいずれも閉館30分前まで。
休館日:
毎週月曜日(国民の祝日又は休日に当たる場合は開館)、国民の祝日又は休日の翌日(土・日曜日に当たる場合は開館)、展示替期間、年末年始(12月29日~1月3日)
実行委員長
大西賢治
渋谷区商店会連合会 会長
不要不急の外出の自粛など、皆さんの協力のおかげで最大の危機を乗り越えることができたと感謝しております。しかしながら、カルチャーの発信地でもある渋谷を支える多くの商業や産業は、いまだ大きなダメージを受けています。事業者の方々はこの先に不安を抱きながらも、日々努力と工夫を重ねながら事業を存続できるように頑張っています。みなさんが、安心して渋谷を訪れ、安全に楽しめる街になり、渋谷の街が元気を取り戻すことで、渋谷だけではなく全国の商店会も活気が出ると思っています。渋谷を愛する皆さんのお力をぜひお貸しください。