ビズスパ
2021.03.29
あらゆる変化を余儀なくされる時代にも、あたらしい文化は芽吹き続ける——北尾修一さん(百万年書房)
北尾さんが代表を務める百万年書房は、いわゆる“ひとり出版社”。書籍をひとりで企画して編集して営業する、自身のこだわりをしっかり反映できるかたちで書籍を刊行してきました。
「出版する書籍のジャンルがバラバラで、何がやりたいのかわからないと言われることもよくあるんですが、その時々で自分が気になるテーマだったり、“この人おもしろいな”と思った著者の方々と本をつくってきたら、こんなバラバラなラインナップになりました」
渋谷の街の変化に見る、文化の“しぶとさ”
北尾さんのインスピレーションによって決まっていく百万年書房の刊行物。渋谷の街を歩いていて偶然会った知り合いと喫茶店で話すうち、「それ、本になるんじゃない?」と書籍化に繋がっていくことも多かったそうですが、そんな出来事もコロナ禍を機に少なくなってきました。
「みんなやっぱり外に出歩かなくなったから。そういう偶然の出会いが減ってきているのはなんとかしたいなと思いますね」
渋谷と恵比寿を結ぶ明治通り沿いの中程、並木橋交差点から少し入ったところに百万年書房の事務所はあります。このエリアに昔から住んできた北尾さん。
「昔から馴染みの店がたくさんあったんですけど、再開発で閉店や移転が多くて、最初はそれがすごく残念でした。再開発によって無個性な街になっちゃうんじゃないかと。
でも実際はそうじゃなかったんですよね。再開発された街の“へり”のようなところに、今また若い子達がやるおもしろい店がいっぱい出来てきています。渋谷の街はしぶといなと思って、今はワクワクしています」
時代の流れや逆境にも対応しながら様々な文化が芽生えてくる、渋谷の街の“しぶとさ”。コロナ禍にあってもその逆境を踏み越えていくパワーの源を見つめることで、多くのヒントが見つかりそうです。
毎日“遊びながら暮らす”ための働き方
コロナ禍による経済的な打撃は、もちろん出版業界にも影響を与えました。
「2020年のゴールデンウィークあたりは一斉に書店が閉店したり、その間はもちろんうちの売り上げも下がりました」
そんななか、百万年書房の独特なスタンスにおいても、多少の変化が必要でした。
「百万年書房って、創業したときから“どうやったら自分が働かずに食っていけるか”しか考えてないんですね(笑)。長く売れ続けるような本の刊行だけを積み重ねて、10冊20冊と溜まっていけば新刊をつくらなくても暮らせるだろうと思って、それだけを目標にしてやってきました。
でもコロナで目論見が外れたというか。がんばって新刊つくらなきゃな、と思わされましたね」
初めて手がける絵本に託した気持ち
コロナ禍での新刊の刊行。なかでも印象に残っている一冊が、北尾さんが初めて絵本を手がけることになった「よるくまシュッカ」。デンマークで大流行している寝かしつけ絵本の日本語版です。こどもたちの名前を呼びながら、瞑想の呼吸法を取り入れ読み進む物語に、こどもたちは安心してすぐ眠ってしまうのだそう。そして、セリフのなかで「かわいいね」「愛してるよ」といったストレートな愛情表現が臆面もなく登場するのもこの絵本の特徴。
「コロナで大人もこどももいろいろ大変だと思うんです。家にずーっと居て煮詰まったり、心配事や不安で苦しくなったり。そういうときにこの絵本がいろんな家庭で読まれるようになると、社会の空気が良くなるんじゃないかと思って。絵本はつくったことがなかったですが、一から勉強して出版しました」
「よるくまシュッカ」百万年書房より2021年3月に出版
コロナ禍で変わりゆくカルチャー、それをどう捉えるか?
そんな北尾さんは、ウィズ/アフターコロナの時代にエンターテインメントはどのように変わっていくと考えているのでしょうか。
「音楽でも映画でも漫画でも雑誌でも、自分がこれまで好きだったものって、このあと無くなっても不思議じゃないと思っています。例えば雑誌というフォーマットも100年前は無かったですから、ある期間だけの限られたフォーマットだったのかもしれない。これから雑誌というものが全滅しても不思議じゃない。ですが、そのことを悲観的には全く思っていなくて、逆にここからまだ誰も見たこともないような、すごいヘンなものが生まれてくるに違いなくて。どちらかと言うと僕はそっちがすごくたのしみだし、そういうものが出てくるのであれば今までのフォーマットが全滅しようがどうでもいいとさえ思っているんです。
いわゆるサブカルと言われるものも終わるかもしれない、ひょっとしたら既に終わってるのかもしれない、でもそれを嘆いていてもしょうがないし、そんなに悪いことじゃないよね、と思っていますね」
時代の変化と共に移ろう文化。それをたのしみに見つめる北尾さんのまなざし。これはまさに先に語った、再開発が進む渋谷であらたな若い文化が“しぶとく”芽吹いていく街の姿をワクワクして見つめる視線にも重なります。
ブレイクスルーを探して、気張らず楽しく生きる
最後に北尾さんに、同業者の方々へ向けたメッセージをいただきました。
「コロナ禍での状況の変化に戸惑ったり、大変なこともあると思いますが、あまりシリアスになりすぎるのは良くないので、よく寝て、美味しいものを食べて、自分がおもしろいと思う人たちと馬鹿話をするなかで次へのブレイクスルーが見つかると信じています。
あまり気張らず、肩の力を抜いて、みんなのアイデアで社会をどんどん楽しくしていければいいなと思いますので、一緒にがんばりましょう!」
■INFORMATION
百万年書房
http://millionyearsbookstore.com
■ ABOUT「ビズスパ」
「ビズスパ」は、コロナ禍においてさまざまな課題を抱えている事業者のみなさまに向けた、withコロナの時代に「ビジネスをパワーアップさせるスパイス」。
渋谷区で頑張っているお店や企業の取り組みや、ビジネスのヒントを紹介するサポートプログラムです。
▶︎「ビズスパ」特設ページ
実行委員長
大西賢治
渋谷区商店会連合会 会長
不要不急の外出の自粛など、皆さんの協力のおかげで最大の危機を乗り越えることができたと感謝しております。しかしながら、カルチャーの発信地でもある渋谷を支える多くの商業や産業は、いまだ大きなダメージを受けています。事業者の方々はこの先に不安を抱きながらも、日々努力と工夫を重ねながら事業を存続できるように頑張っています。みなさんが、安心して渋谷を訪れ、安全に楽しめる街になり、渋谷の街が元気を取り戻すことで、渋谷だけではなく全国の商店会も活気が出ると思っています。渋谷を愛する皆さんのお力をぜひお貸しください。